毎日が特別な日
2012/02/15
| 物思うこと

みなさんは、どのような1日を過ごされたでしょうか?
我が家は、あまのじゃく流(?)に生きる主人の意向に合せて、「この日だけ、何々の日だからと特別にするのは、他の日に失礼だから、僕にとっては、毎日が特別な日なので、特にこの日だからと言って特別なことはしない!」と、世間で言われる特別な日とは、無関係に時が流れます。クリスマスも、そうなのです。
ただ、お互いのお誕生日だけは、特別に、お誕生日の人は一切家事をしなくてよい日になり、いわゆる「上げ膳据え膳」を楽しめる日となります。1日の間に、お互いに何かしらの家事を担当しているのですが、その日は一切気にしなくてよいので、ものすごい開放感に包まれます。そして、こんな単純なことで、ものすごく大切にしてもらっている感覚を感じるのです。お互いに、キング&クイーンの感覚を味わえるわけなのです。
まあ、なんとも、こんな小さなことに喜びを感じて生きている私たちですので、日常のどんな小さなことにも感激してしまうので、まあ、単純と言えば、単純な私たちです。
昨日のバレンタインデーは、母からとっても素敵なプレゼントが届いて、私は天にも昇る喜びでいっぱいになりました。ずっと手にしたかったあるアクセサリーを届けて下さったのです。私がずっと憧れていたのを知っていて、密かに探してくれていたのでした...。
ルンルン気分で、頂いたアクセサリーをつけて、PCに向かうと、スクリーンの下に小さなポストイットが...。
そこに書かれた言葉は...
"I love you"
主人が、朝出掛ける前に貼っていってくれていたようでした...。
とっても、暖かな気持ちになりました...。
数年前のことになりますが、主人が出掛ける前、家の中のあらゆる場所にポストイットを貼って、私のどんなところが好きかを書いて貼っていってくれていたこともありました...。
昨日の午後は、入れ替わりで私がお仕事に出かけ、夕飯の時間に戻ってきたら、またまた素敵なディナーをつくって待っていてくれました...。
そのディナーは、その日がバレンタインデーだからではない、いつものディナーでした。
でも、彼はいつもとても丁寧にお食事を用意してくれるのです。
毎日が特別な日なので、毎回のお食事も、特別に用意してくれます。
私のお料理は...、
「急いで作りました!味だね。」と、言われることが多いのですけど...ね。
反省、反省...。
毎日が特別な日だと、妥協せず毎日を一生懸命に生きる主人から、たくさんのことを教えて頂きます。
お料理も、お掃除も、ベットメーキングも、アイロンがけも、シャワーを浴びるのも、本当にいつも丁寧にするのが主人です。
そんな彼の前では、私のあだ名は、「トルネード(竜巻)」=私が帰ってくると、すぐに部屋がちらかるから...だそうで、もう1つは、「ピックペン」というスヌーピーに出てくるホコリにいつもまみれた男の子と私はそっくり..なんだそうです...。
昨日はトルネードにならないように気をつけて、夕食後は、主人が小さい頃に観ていたという番組をyoutubeで観ながら、たくさん彼のカラダをヒーリングさせてもらいました。いつのまにか寝てしまった主人、風邪気味だったのですが、いっぱい汗をかいてくれて、今朝はちょっと回復したようで、よかったです。
このような日常が、また今日も、明日も続きます。
こんな私たちも、本当にたくさんの日々を大変な思いで過ごしていたこともありました。
でも、あきらめずにいて、本当によかったです...。
主人のことでは手前味噌なシェアになりましたが、昨日も、今日も、我が家に起こった全てが、何だかいつもにも増して暖かだったので、感謝の気持ちで自分の心がはち切れそうだったので、ちょっとだけこのエネルギーのお裾分けをしたくなったので、書かせて頂きました。
まだまだ寒い日が続くようですね...。
カラダも、そして心も、暖かくしてお過ごし下さいね。
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全ては、裏庭に...
2012/01/23
| 本当の答えがある場所

”あるところに、とても信心深い男がいました。
ある日、大雨のため、男の家は洪水に見舞われてしまいました。
このままでは男の家が屋根まで水に浸かってしまうのも時間の問題です。
逃げ出すそぶりをみせようとない男に、心配した隣人がこう言いました。
「早くそこを出て高台に逃げた方がいいですよ!」
「いいえ、私には神様がついていますから、何の心配もいりません。どうぞおかまいなく。」
男はそういって隣人の忠告を聞き流しました。
そうこうするうち、どんどん水はあふれ、男は屋根に上らざるを得なくなってしまいました。
屋根に逃れた男に、救助艇が近づき、隊員が声をかけました。
「早く、そこから避難して、このボートに乗ってください!」
「私には神様がついていますから、何の心配もいりません。どうぞお構いなく。」
そう、男はこたえいいました。
とうとう、男は家もろとも、水に流されてしまいました。
流される男を救うため、救助隊のヘリコプターが上空で旋回し、隊員の手によって浮き袋が投下されましたが、男はそれを手にとることもなく、息も絶え絶えに言いました。
「心配はいりません。きっと、神様が今にも私を助けてくださいます。」
結局、男は溺れて死んでしまいました。
あの世にたどり着き、神様の御前に通されると、男は神様に向かって言いました。
「ひどいじゃあ、ありませんか。私は誰よりもあなた様をお慕い申し上げておりましたのに、とうとう、助けてはくださらなかった。」
神様はいぶかしげに男を見つめると、こうおっしゃいました。
「私は、そなたを救うために三人の使者を送ったはずだが、それらをことごとく無駄にしたのは、そなたの方ではないか。」”
先日、義母との長電話を終えた後、主人が、大きなため息。
「どうしたの?」と聞くと、
「著名なお医者さんが書いた"癌になってからでなく、癌になる前にしておくべき10のこと"っていう記事を嬉しそうに僕に転送してくれてに読んだのだけど、そこに書かれていること全部僕が、ずっとお母さんに伝えてきたことばかり...。お母さんだけじゃないけど、みんなほとんどの人は、phd (博士号を持っている人がつける肩書)を持っている人か、著名人が言ったことならすぐに受け入れるのに、身近な、いわゆる普通の人の言う事は、あまり聞き入れないんだよね...。」
「わあ、そうね...私も、そんなところあるわよね...」と、2人で目を見合わせて、大きくうなづいて、そこでまた、いっしょに大きなため息をついてしまいました。そのため息は、そんな身近なメッセージを大切にしないで生きてきたことで、2人がたくさん失った幸せな時間...を思ってのため息でした。
たくさんの本を読みましたが、そこで言われていたことは、全て身近な主人が教えてくれていたことや、両親や家族、愛犬、そして毎日出会える太陽や空...等々、身近なものから頂くメッセージが、違う人の言葉で書かれている...ということがよくありました。もちろん、そんなプロセスも経て、より理解が深まるということがありますが、人生に対する学びは、ほどんと、身近な存在から頂いているものなんですよね。
そして、冒頭にシェアをしましたお話ですが、いつでもどんなときでも、助け船が出されているのに、「これではない。違うものがほしい。」と、差し出されている愛にも気づかず、それを受け取ろうともせず、他に意識を向けて、いつか愛が差し出されるのを待つ...。ああ、人生の半分以上は...、もしかして、今までほとんどの場合、そんなことをしてきたのではないかなあと、反省しました。
生きていて得に難しいのは、「苦しみ」を「愛だ」と、喜んで受け入れることだと思います。ここでもカギになるのは、とにかく何に対しても、感謝の気持ちを持つことを教えて頂きました。
とても苦しかった時、「苦しみは、お前に愛があるからだ」という声と共に、とにかくここから学ぶことのできるそのチャンスに感謝することから始めたら、目の前の状況が、スルスルと変わっていきました。
最近は、自分の中で「能天気に生きよう!」をキーワードにしていることが多くなりました。
どんな理不尽なことをされても、「ありがとうございます!」って、生きていくのです。
どんな苦しいことがあっても、「ありがとうございます!」って、生きていくのです。
だって、全てから、学べるのです!
こんな風に生きるって、かなり能天気です。そして、そんな自分の姿に、とても笑ってしまうのです。
そして、笑いって、やっぱりエネルギーにシフトを与えてくれるものですね。どんなに辛くて、苦しく、悲しいことでも、楽しくなってしまうのです!
何をしても辛い状況から出ることのできない人は、目の前に受け取っているものに...、それはいやだと思うものにも全て感謝することから始めてみると良いかもしれませんね...。
そして、全ては自分の裏庭に...。
「青い鳥」のお話ではありませんが、全て自分にとって大切なこと、そして手にしたいものは、本当は全て自分の「裏庭」にあるのだということ...。
遠くに行かなくても、遠くを見なくても、自分に必要なものは全て自分の身近に揃っている...。
そう、本当にしっかりと思えて生きれるようになってから、ステキなことの連続です。
それは、何があっても、ステキだなと思える能天気な性格になったおかげなのでしょうね。
こんな気持ちになれると、今窓から燦々と降り注ぐ太陽の光を受け取っているだけで、宇宙一幸せ者だと思えるようになるのです。
本当に、ありがたいなあと、感謝の気持ちでいっぱいになります。
(写真は、内宮内で撮影しています。普段はきっと誰にも気づかれずに通りすぎていかれる場所ですが、本当に素晴らしい苔庭になっているところがあります。内宮に行かれる際は、探してみて下さいね。)
"いつか”は、来ない
2012/01/09
| 物思うこと

みなさんは、どのように新年を迎えられたでしょうか?
私は、徹底的なお片づけの日々を元旦の日から過ごしていました。
おかげで、本当に大切にしたいものだけで生活できる環境が整い始めました。
残しておきたいけど、今時間がなくて大切にできないものは、手放しました。
取りあえず置いておこうと思うものも、手放しました。
普段から、お掃除やお片づけは、たくさんしているつもりでしたが、まだまだ後で使いたいもの、取りあえず置いておきたいものが、たくさん残っていたのです。
ここまで徹底しても、まだまだ判断がつかなくて残っているものも、まだあります。
どこかで一区切りつけないといけないので、完璧にすることを手放しましたが、本当に私たちって、たくさんのものを持って暮らしているのですね...。
「"いつか"って、絶対に来ないんだね...。」
と、主人と何度もため息をつきました。
いつか使おうと思っていた物たちを手にしながら、結局は使われずに、大切にされることもなく捨てられていく物たちに、心を痛めました。
だから、"いつか"大切にしようと思うものは、今、全て手放しましょう...と捨てました。
それでも、手放したくないものは、いつかでなく、今から大切にしましょうと、場所を決めて置きました。
たくさんの物たちと対話しながら、その作業をしていると、だんだんと自分自身やまわりの人とはどうつきあっているのか?というところにも、意識がいきました。
自分の物との付き合い方は、自分との、そしてまわりの人との付き合い方と似ていました。
この"いつか"ばかりで生きていたら、それで人生が終わってしまう...。
そんな生き方で良いのだろうか...と自問しました。
いつか自分を大切にしようと思っていたら、もうお別れのときがきた...。
いつか主人を大切にしようと思っていたら、もうお別れのときがきた...。
いつか両親を大切にしようと思っていたら、もうお別れのときがきた...。
いつか友人を大切にしようと思っていたら、もうお別れのときがきた...。
このまま、”いつか”って生きていたら、こんなことになっちゃうんだよね...、
こんな生き方はいやだよね、..、だったらもう辞めようねと、主人と話しました。
"いつか”でなく、"今”を大切にする生き方。
年初から、とても背筋が伸びました。
このことに気づかせてくれた数々の物たちへ...。
もう大切にできないものは、迎え入れないようにしますね...。
それは、物も、人も、全て。
そして、今手元に残したものは、1つ1つ大切にしていきます。
約束します。
「木になれ」
2011/12/08
| 本当の答えがある場所

今まで綴ったブログの内容もその感覚から頂く言葉を、ところどころでご紹介しています。
そして、今日も、そんな感覚が入ってきました。
「何か目に見えて、大きなことをしている方が成長しているとか、活躍しているとか、そんな目で見てしまうことがまだまだ多い世の中だ。
だから、大きく動いている人の方が目立つので、多くの人が、そういう人を尊敬したり、そういう人になりたいと、我をもと動く。
けれど、本当の成長とは、目に見えないところにあるんだよ。
その目に見えないところを大切にしている人こそ、真の成長をしていることになるんだよ。
だから、木になれ。
自分は何によって支えられているのか?
その当たり前だとおもっていることへの感謝だけでなく、そういうことを大切にする行為を一生懸命することの方が、あなたを真に成長させ、光輝かせる。」
こうやって、私はその振動を、このように自分の知っている言葉に置き換えると、ふっとその感覚がなくなるのです。
きっと、みなさんもそんな感覚をお持ちなのではないでしょうか。
いいえと思う人は、きっと、気づかないだけ、だと思います。
時に静かに待っていると、きっとこのようなことは、誰にでも起こっていることだと思います。
これは、自分の心をクリアにするば、するほど、だんだんと感じるようになるものだと思います。
私は、このような振動を感じても、それを言葉にしないままで過ごしたり、言葉にしても、数分後には、すっかりと忘れて、それとは真逆のことをしたりして、相変わらずの未熟者です。
でも、今日は、もっと大切にしなければ...と思いました。
お仕事がちょっと落ち着いてきたので、心の余裕ができてきたから...でしょうか。
まあ、とにかく、今日のブログのメインは、この言葉もそうですが、どうです、この写真の木!
のりおさんという方が、ご近所の方に頼まれて撮った写真です(許可を頂き、掲載させて頂きました)。古くなった家が取り壊されるそうで、取り壊される前にその家とこの楠を記念に撮影して下さいと頼まれたときに撮ったそうです。この楠は、家といっしょに取り壊されるかどうか、まだどうなるかわかっていません...。
のりおさんの奥さまが「よろこびの木」とつけたこの写真から感じるこの木のエネルギーは本当に素晴らしいです。
今日入ってきた言葉とこの木がとてもリンクしました。
そして、この生き方でいいんだなあと、確信が持てました。
この木を撮影したのりおさんは、他にも本当に素晴らしい写真を撮り続けています。彼の写真を見ていると、自分の中の大切なものが刺激されていきます。来年用のカレンダーも作成されたそうです。是非ぜひ、ご覧になってみて下さい。
http://sonomanma.cocolog-nifty.com/
「木になれ」
きっとこのような木になれと教えてくれているのだろうと思います。
今日出会ったこの言葉を大切にします。
信じるもの
2011/11/25
| 物思うこと

みなさんの1ヶ月はいかがでしたでしょうか?
私は、今の人生の歩き方を「フォーカス」と決めてから、その焦点をあてるべきものに、より一層光りが当たって、それに焦点をあてて生きる毎日を過ごしています。
以前からよく言っていた、この言葉:
「そうしたい!」という意志が、行動を起こし、
行動が、習慣となり、
習慣が、人格となり、
人格が、運命をつくる。
作者不明だったこの言葉は、以下のガンジーの言葉から来ているものだったと、ある方のニュースレターで知りました。
"Your beliefs become your thoughts;
Your thoughts become your words;
Your words become your actions;
Your actions become your habits;
Your habits become your values;
Your values become your destiny."
— Mahatma Gandhi
日本語訳がみつかりませんが、私の拙い語学力で訳をつけるとこんな感じです:
「あなたの信じることが、あなたの考えとなり、
そのあなたの考えが、あなたの言葉となり、
そのあなたの言葉が、あなたの行動となり、
そのあなたの行動が、あなたの習慣となり、
そのあなたの習慣が、あなたの価値観となり、
そのあなたの価値観が、あなたの運命となる。」
- - - -マハトマ・ガンジー- - - -
この言葉に改めて触れて感じるのは、全ては、何を信じているか...からなのだなあということ。
だから、何が真実かとその答えを求めて生きるよりも、何が大事かと自分の信じるものを見つけて、それに向かって生きればいいことを教えて下さっているように思います。
この後者の生き方は、その自分の信じるものが間違っていたらどうしようと考えが出てくることがありますが、その思考を乗り越えて、自分が信じる方向を生きること。考えてみれば、ガンジーもマザーテレサも、他の多くの偉人、聖人も、その人の信じるものを全うして生き抜いたということにすぎないのだなあと思います。
私は、何を信じているのか?
このブログでも、たくさん言葉にしていきましたが、そのまとめたものは、私の中で、今ゆっくりと暖めているところです。
みなさんの信じるものは何ですか?
何を信じて生きていますか?
信じているものが行動にあらわれているとしたら、自分の行動を分析していると、自分の信じているものがきちんと浮かび上がってきます。
そして、今自分の人生で起こっていることがいやならば、その行動を変えれば、変わっていきます。
そして、その行動を変えるには、自分の今信じているものを変えなくてはいけない...ということになります。
この辺のプロセス、週末の「ココロ塾」の月例会で詳しくご紹介していきますね。
このブログを読んで下さっている人の多くは、伊勢志摩近隣の方々でないと思うのですが、お近くにいらっしゃれば、もっとたくさんの方々に直接触れることができるのに...と思います。距離があっても、多くの方々に触れる方法...。模索中です。
それまでは、しばしの間、ゆっくりペースのブログですが、どうぞおつきあい下さいね。
今日も素晴らしい1日になりますように...。
Focus(フォーカス)
2011/10/13
| 物思うこと

1週間の短い滞在でしたが、今回は義母と過ごす時間を第一に優先させる滞在にするために、本当はたくさん会いたかったお知り合いの人たちにもあまり連絡もせず、ごくごく近い身内だけと時間を過ごさせて頂きました。
今は、フェイスブックやスカイプなどのテクノロジーのおかげで、遠く離れていても、バーチャルにすぐにつながることができるので、みんなと3年ぶりに対面したことが信じられないくらいに、すぐに近況をアップデートすることができました。バーチャルではできないハグだけをいっぱい、いっぱいしてきました。
新しく引っ越した義母のお部屋の整理整頓のお手伝いに明け暮れた毎日でしたが、またそれも楽しい、嬉しい時間でした。これだけは、バーチャルにお手伝いすることはできませんものね。
ミネソタの紅葉は、本当に素晴らしいのですが、そんな風景もゆっくりと見ている暇もないくらいの毎日だったので、車を駐車したところで足元を見たところで写真を一枚。唯一、向こうの紅葉の様子をキャッチできた写真です。
今回の旅でも、本当に様々な奇跡に出会いました。
愛と光がいっぱいの奇跡...。
感謝と共に、まわりに愛を送っていると、本当に信じられないくらいに、物事が良い方向へと動き出すのを、たくさん目撃してきました。
だから、本当に、あれ社会が悪いからだの、あれあの人が悪いからだのじゃないんだな...ということが、はっきりとわかりました。
本当に全ては自分から...なのです。
自分が発するエネルギーにより、自分の経験するものが決められるのだな、とはっきりと確認できました。
日常を離れると、いろんなことが、またはっきりとわかって良いですね。
今回は、主人の里帰りでしたが、大きな移動を共なる旅は、これからもたくさんしていきたいと、そう思いました。
今日のブログのタイトルにしたFocus(フォーカス)は、人生において、何にフォーカスをあてて生きていくかということを、この数ヶ月間とても問われていたのですが、今回のミネソタへの訪問で、その答えがはっきりと見えてきてくれました。
やっぱり、私のフォーカスは、「家族」でした。
世界を変えることよりも、家族。
そして、家族と愛を育むことが、世界を変えることになるということ。
何度も、このことは言葉にしてきましたが、時々、まわりの動きに、まどわされることもありました。
でも、何だか、このフォーカスから、心も身体も動くことがない場所へ、ようやく辿り着くことができたようです。
今が、とても幸せです。
何かを成し遂げることが幸せだと思っていましたが、もうこうして生きていることが、全てなのだと思えるようになりました。
だから、もうこれでいい...という感じでなく、もっと、もっと、ここから、心豊かに、今受け取っているものを、大事に育てていきたいと思います。
みなさんが、今の人生で、焦点をあてるべきものは何でしょうね。
その答えは、自分の中に...。
もう、きっと気づいていることだと思います。
3期募集「ココロ塾」説明会
2011/09/28

日中は、強い日差しが差見込みますが、さすがに夏ほどの蒸し暑さにならないところが、秋だなあと感じるところです。そして、このような季節の変化があることが、人生や心を豊かにしてくれているのだなあ...とも。衣替えの準備に入っていますが、身体の体温調整をしてくれるお洋服を愛おしみながら、こうして私たちは守られているんだなあと、服一枚、一枚に感謝がわき上がってきています。「これ、あったかいんだよなあ」とか、季節があるから、こうして衣替えをする機会が生まれて、そして、こうして感謝させてもらえる。季節がこうしてあるのは、地球が自転、公転していたり、月がいてくれていたり、日本がこの位置にあって、チベット高原があるからこそ、日本に湿った空気が流れてこんな気候になっているとか...、きりがないくらいに、いろんなものに支えられているこの瞬間に、押さえきれないくらいの感謝の気持ちが溢れ出てきます。
さてさて、11月スタートの3期募集となる「自分の中を愛を高める講座」のための説明会を以下の日程で行います:
☆10月20日(木)7:30PM ~ 9:00PM
☆10月22日(土)9:30AM~ 11:00AM
場所:コア・ハーモニーのセッションルーム
(倉田山公園近く。詳細は別途ご案内致します。)
連絡先:ザリッチ宏枝 090-4864-4299
hiroe@coreharmony.jp
今、「ココロ塾」に通って下さっている生徒さんは、16名です。
2つ目のクラスの「感じる力を高める講座」も、10月に修了し、この続きも是非...というお声を大切にして、何かのカタチで、ずっとみなさんがココロの学びを続けていけるように、考えているところです。しばらくは、月例会のようなカタチで、月1回でも会っていけるように、学びを継続させていきたいと思っています。
「毎回、クラスを楽しみにしています!」とお伝えして下さるみなさんの笑顔に、私もいっぱいエネルギーを頂きながらの授業です。
サイトやブログだけだと、この「ココロ塾」の様子がイマイチわかりずらいところがあるかと思いますが、大変地味な感じですが、このようなご案内しか、今はできないことをお許し下さい。じっくりと時間をかけて、対面で、説明会などを通して、詳細をお伝えしたいきたいと思っています。
説明会は、本当に気軽に参加してもらえたらと思っています。そして、説明会でないと、詳しくお伝えできないので、どうぞ、ご興味がありましたら、ご連絡下さい。上記の日程で合わない場合でも、別の日に調整させて頂くことは可能です。
そして、10月1日から11日まで、メールと電話がつながらなくなりますので、その間にご連絡を頂いた方には、12日以降にご連絡をさせて頂きます。
どうか、必要な方にこのメッセージが、そして「ココロ塾」の想いが、届きますように...。
「宇宙の渚」

地上400kmのところで地球を巡回する宇宙ステーションから映し出された生放送の映像に、一緒に観ていた主人と「生きている間に、こんな映像を目にすることができだなんて...」と2人でその番組に見入ってしまいました。その映像は、こちらのサイトからもご覧になれます。 http://www.nhk.or.jp/space/nagisa/
私にとって、それらの映像があまりに衝撃的だったのか、1つ1つの映像がずっと脳裏から離れず、大げさにでなく人生観が変わってしまった...というくらい影響を受けました。今まで感じてきた多くのことが、この日を境に覆される感覚も味わいながら、今もずっと、心も身体も「船酔い」しているかのような感覚の中にいます。
たった数分の宇宙ステーションからの地球の映像ですが、自分が住んでいる地球を、今までとは、全然違う感覚で...というか、今までも、地球に住まわせてもらっているんだ...という感覚は持っていましたが、「宇宙の渚」の映像を観てからは、”本当に”地球に住まわせてもらっているんだ...という感覚と、宇宙から地球を見ると、その地上で生きている自分が、何か小さいことで腹を立てたり、何の価値もないといじけたりしていることが、なんとまあ、恥ずかしく、無駄なことか...と思えてくるような感覚が、ずっとずっと自分の中で膨れ上がってきているのを感じています。
「ココロ塾」の生徒さんから教えて頂いた「月が地球を離れる日」という番組もNHKオンデマンドで観させてもらいました。
月がいてくれることで、地球の自転は一定な動きを維持することができて、これほどの生命豊かな天体になっていることを、こんなに大人になって初めて知りました。
太陽系の中でも、本当に緑や水が豊かな「何でもある」と言って過言ではないほどの地球という星に生きていて、「何もない」とあくせく生きているのは、やはりちょっと違うな...と思えてきます。
今日、ある広報の写真で、植木を栽培している写真が載っていました。
とても美しい植木畑の写真ですが、そこで働いている人の背中が、何だかとても疲れているように感じられました。
本当は何でもある豊かな地球で、お金のために植物を疲れるほどに栽培して流通していることに、何かとても違和感を感じました。
やはり、今の世の中のシステムは、宇宙からの視点を忘れた、とても狭い「人中心」の枠の中でつくられたもののように、感じています。
「満ち足りている」というところから作られたシステムでなく、「足りない」というところから作られたシステムなのではないかと思うのです。
うまくまだ言葉にできませんが、次に来る時代は、やはり、本当の意味で、物質的にも、精神的にも、豊かな状態で人々が暮らす地球が実現されていくのではないかと感じています。
そして、それは、ただ、ぼんやりとしていて自然とそういう時代になるのでなく、今生きている人たちが、そこへのシフトを起こす、今とても大切な時期なのだろうと、改めて感じているところです。
私自身も、今どう生きるべきかという問いを、改めて自分に向けているところです。
私の大切なお知り合いの方々が、そのシフトに貢献するべく大切な大会を準備しています。
リーダーシップ世界大会2011東京 〜全員参加型リーダーシップへの旅〜
本来のリーダーシップの在り方(ある特別な人が多くの人をひっぱっていく)から、地球上に生きる1人ひとりがそれぞれのユニークさを発揮させることで、それ1つが、そしてそれ全体が、何かを動かすリーダーシップになっていくという、今までのリーダーシップの概念とは違う感覚に触れていく大会になるかと思います。多くの人に参加して頂きたいなと思っています。定員に達してきているものもあるので、早めの申し込みをお薦めします。
この大会から生まれるであろうエネルギーの渦は、宇宙ステーションからも見えるのではないか...と思うくらいに、みなさん想いを込めて準備をしています。私も、ギリギリにならないと参加できるかがわからないのですが、とても応援している大会です。多くの人が新しい時代へと全身のエネルギーをシフトさせていく、大切な瞬間に立ち合えるような気がする大会です。
写真は、先日の台風15号の前日の浜辺です。「海の渚」で遊ぶリリーです。我が家では、リリーが一番、地球での暮らしを楽しんでいるように思います。誰かがおしゃっていたように思いますが、宇宙人が、今の地球人の暮らしぶりを見たら、人間が犬のために、その排泄物を始末したり、えさの調達のために一生懸命に働いたりしている姿を見て、人間は犬に仕えている生き物だと思うだろうな...と、本当だなあと笑えてきます。
リリー、パパ、ママも、あなたに習って、もう一度、もっと楽しい地球での暮らし方を見直していきたいと思います。
「出来ないから、教える」
2011/09/14
| 物思うこと

先日の台風12号のときは、たくさんの方からメールやご連絡を頂き、みなさんのお心使いにとても心温かくなりました。本当にありがとうございます。我が家は、お庭が少し荒れたものの、安全に過ごすことができました。近くの宮川では、浸水被害に遭われたところもありましたが、みなさん無事でした。大きな被害が出た地域では、まだまだ復興に時間がかかるようです。心からのお見舞いと、亡くなられた方々へのご冥福をお祈り致します。
写真は、一足早く紅葉の写真。2年前に内宮で撮った写真です。もう、ここのところ3ヶ月も内宮に伺っていません...。2ヶ月くらい行かないでいると、ちょっとお叱りを受ける感じで「お参りにきなさい」とメッセージを頂く感覚を受け取るのですが、最近はある小さなお宮(内宮の摂社)によくお参りにいくことが多いので、神さまもそれを見てて下さっているのでしょうか...。そのお宮には、ただただ感謝の気持ちをお伝えにいきます。毎日が本当にありがたく過ぎて行く中で、時折、叫びたいくらいに感謝の気持ちがわき上がってくることがあり、その度に、その宮に行かせて頂き、深々とお礼を申しあげにいかせて頂くのです。
昨日、看護学校での久しぶりの授業が終わり、同じ時間にある企業で英語を教えている主人に迎えにきてもらって、車に乗り込んでから、「どうだった?」とお互いの授業についての状況を聞き合いました。今さらですが、ふっと、「私たちって、先生なんだね...」と言うと、「"Those who can, do. Those who can't, teach"," って言われるの知っている?」と主人が、ある英語のことわざを言ってくれました。普段から私が思っていたことが、英語として諺になっているんだあとちょっとした感動しました。
"Those who can, do. Those who can't, teach,"
これを直訳すれば、「出来る人は、やる。出来ない人は、教える。」となりますが、「出来る人は、やる人になる。出来ない人は、教える人になる」という意味となりますでしょうか。
夫婦揃って、出来ていないことを教えることになったようです。
私は、人生やコミュニケーションにおいて、まだまだ出来ていないところがあるから。
主人は、「僕は、日本語ができない!」だからだそうです。
私たちって、反省しながら生きているんだね、生かせてもらっているんだね、と笑いました。
「ココロ塾」でも、学校の授業でも、研修でも、コーチングでも、スクールカウンセリングの場でも、私は、学ぶことばかりです。お仕事としてさせてもらっていますが、一生懸命により良く生きようとする人たちの姿に触れると、本当に神さまに会っているかのような感覚になります。それで、とてつもなく感謝が溢れ、叫びたくなるくらいになるのです。
やはり、人って、お一人残らず、本当に美しい光を持って生まれてきているのだな...と感じます。
自分も...なのでしょうが、その自分を認めることが一番難しい!!!「まずは、自分からですよ」といつもみなさんにお伝えしている言葉こそ、自分自身に聞かせている言葉です。
まわりが自分の美しさに気づけるように、出会っている私が輝いてると、それを鏡として見てもらえるかな...、だから、自分をもっと輝かせていくと、みんなが輝くのだな...と思うとエネルギーが湧いてきます。人のためなら出来るのに、自分のためだとモチベーションがあがらない...。自分のため。人のため。「その間」に一番良いバランスの感覚があるように思います。その2つの感覚が同時に、同じくらいある感覚...です。
9月もあっという間に過ぎてしまうのだと思うので、毎日、毎日を丁寧に生きていくことの繰り返しです。
みなさんにとって、素晴らしい9月となりますように...。
まだ聞こえるセミの声。まだ、ちょっと汗ばむ暑さ。
たっぷりとそれをエンジョイしながら、秋を迎えたいと思います。
「心身脱落」
2011/08/23
| 物思うこと

私は、ブログの更新が滞っていることからお察しして頂けるように、廻るましい日々の中、まだ自分のペースをつかめないままでいます。ところどころで、深呼吸がやっとできるような時間が持てるようになれたことが、ただただ嬉しい...といったところです。ブログも、深呼吸のできる時間でないと書けないので、こうした時間を、今持てていられることが、大変ありがたく、感謝の気持ちでいっぱいになります。
8月の初旬は、曹洞宗大本山の永平寺に伺う機会を頂きました。
実家の宗派が曹洞宗ですので、以前からずっと行ってみたいと思っていた場所でした。
そこでの体験は、まだまだ上手に言葉で表現できるところまでに至っていませんが、乾いた身体に水が染入るごとくに、何か、自分の心身が潤っていく感覚を、数週間経った今もなお、感じているところです。
今までの人生の中で起こった多くのことの紐解きが、そのときからなされました。
そして、お盆を過ぎてから、急にまた違う世界の中で、生きているような感覚に入りました。
「全ては愛の中で起こっている...」というアロマで教えて頂いた言葉の意味。
大変納得し、充分にわかっていたようで、今までは頭でそれを理解していた程度だったようです。
今は、その愛の世界の中に生きているのを感じています。
こんなにも愛されているんだ...という感覚に包まれています。
それは、自分だけが愛に包まれているのでなく、全ての人が愛に包まれた世界に生きているのを感じています。
誰1人として愛されていない人はいない...。
全ては、愛されてここに、ある...。
全て、そう見えてくるのです。
ブログのタイトルの「心身脱落」は、曹洞宗を「宋」から日本に広めた道元禅師が悟りを開いたときのお言葉です。
今のところ、無知な私の解釈ですが、心や身体が持つ欲を全て脱落されていった先に、本来の自分に出会う(悟りの世界に入る)...という意味で、捉えさせて頂いています。
心や身体を清らかにしていくという道も、この言葉につながっているのを感じています。
やはりこの道、まっすぐこちらの方向へ歩こうと思ったとたん、主人と2人で、無性にジャンクフードが食べたくなって、そんな世界とは真逆の時間を過ごさせてもらう日もあったりしました。そんな、ずっこけな時間もたくさん過ごしています。
思うところがたくさんあって、ここには、それを書ききれないのがもどかしいのですが、今回はこの辺で...。
また残暑が厳しく続く日々になるかと思いますが、どうぞ、心身ともに、大切にお過ごし下さいね。
